2010年2月2日火曜日

平等

 皆様は果たして周りの方々と接する際、平等な人間として接していらっしゃるのですか?友人や同僚を見下ろさず、見上げずに、水平な目線をしていらっしゃるのでしょうか。愚見では、この行為の大切さはその人達との関係の向上に止まらず、自分に対する尊重も含みます。
 しかしどうもその目線ができません。しようと思うのは、勿論のことなんです。でも、心の狭さか、虚栄心か、どうも出来ません。別に自分を上に置きたいからなんてないのですー 己自身を下に置いていることは少なくは有りません。どうしてでしょうか。過剰のおごることの更正かも知れません。上は簡単に説明されるー 自己の満足、誰だったお分かりでしょう。己の位置を上下のげにするのは、もっと説明しにくいこと。罪悪感、責任回避、云々ー わけははっきり分かりませんが、現象ははっきりです。
 上やら下やら、どうもどちらかに己の身を置くのは平等より快適であろうか、と思いもしました。よく考えた結果、自分は平等なんて信じてはしていないようです。生まれつき天性、努力の差、そして「運」たるものは何人にも臨みます。そう思ったら、賢者と愚者を同一の視線で迎えおうとしません。それなのに、人をその平等な目に見て生きたいとは思います。
 卑下も自慢もせず。どうも無理っぽく感じます。如何せん、と。

2009年8月11日火曜日

不好意思~

 久々の更新となっていますが、恐らく現今以降もポスト無しということになります。なぜならば、ある極東の国家のネット制限による、ブログをアクセスできない状態は原因となっています。出来れば本の感想を書き続けたいですが、どうも無理模様です。名残でありながら、前以てブログの不変な様を深くを御詫び致します。

2009年5月9日土曜日

静と動

 常の行動原理は思考して行うということと言ったら、さほどの差し支えは無かろうと自分は近頃思っております。しかし、常がある故に非常の存在を否定は不可能ですー 時には人は考えずに動き出します。しかしここに取り扱いたいのは思索と行動の二つのことのみ。行動の起点となる思考の価値は明瞭ー その行いは証明してくれます。しかし、行動とならない思想は果たして如何?結論を出さない思索は有価それとも無駄事でしょうか。動物としての人間は通常行動を生む考えを重視し、直接行いを出さないのを白眼視で迎えます。その結論と伴う行動を有しない思索は無意味なのでしょうか。それとも、おまかな見渡りで見つからない価値を持っているでしょう。
 あるもの曰く、使わない知識や能力は愚物に過ぎないと。確かに幼稚園から大学の間に一度も役に立たないことは数多く学ばされ、使わないまま忘れられ、泡沫に酷似しています。永遠に来ない敵の来襲の警備は愚かと見なされるかもしれませんが、この世に予測できない出来事は毎日現れてきます。その為に思索、広く言えば準備はどう見るかは簡単に決着を着ける問題ではありますまい。何の結果も出さない準備は無意味かもしれませんが、備え無しということは同様に批判しやすい論点です。
 しかし、我々はなんと備えればいいでしょうか?どこまで?死ぬまで「準備」で忙しく、功績をあげていない実態は憐れにしか思えません。人は思索と準備は必要一方、その備えの証となる行動は不可欠なことに違いありません。必ずしも学ぶことに実施することありの相互は期待しませんー 我々が住む複雑な世界はそんな甘い考え事を許可しないと思います。しかし、その目的へ進む意図はどんな準備と考え込むことを有価にするという見方はどうも有意義にしか感じられません。
 
 

2009年3月14日土曜日

在中国

 無事に中国に着きました。十一日はもう経ち、未だなかなか慣れない感覚なんです。アメリカと日本との類似点は稀なもの。上記の二カ国は極めて恋しく思う日々は続いています。輝く都の東京、風の町のシカゴ、アイオワ大学本地アイオワ・シティ、どれも思索から離れなません。
 大連って広場の町ですが、天気は今でもやや寒く、雰囲気は煉瓦構造の建物と灰色の空。小生の町の美の感覚に触らない所ですな。
 語学は努力中。昨日、魯迅の「阿Q正伝」の第一章、原文読書完了致しました。片手で辞書で調べながら読む時にアイオワ大学の中央図書館を思い出します。ここにも読書の努力を重ね、読めるようになれたらいいなと、密かに思っております。しかし、やはり初恋の日本語日本文学に勝ることが出来ないのはなによりも明らかです。
 大学院の勉強も頑張ります。「待遇表現について、知るところを述べよ」はいまいち、良い返事が書けないので、修業が必要です。
 取り合えず、私は生きています。そして、生きている限り、勉強を続いています。これは、どの地に行っても、変わらない自分の一部なんです。

2009年2月9日月曜日

今後の予定

 恐らく、最近の如く、ポストは稀なものに止まりそうです。三月四日、東京を発ち、中国遼寧省大連市に着きます。一年間唐土に漢語研修は業となります。多少な不安や躊躇が身に沁みているとは雖も、単独な修業の旅が終わらないのは幸いなことじゃ。
 来年は何が待っているなのかは不明。併し、再来年の再来日を為せるように努力せねば。

 長くどうでもかまわない事書いてしまったのう。

2008年9月23日火曜日

臺灣(台湾)旅行


 臺灣から無事に日本に帰りました。新学期もう始まりましたので、そろそろ勉強も真剣になれねばならぬ所ですが、少々台湾の旅行紹介したいと思います。一週間で台北、台中、高雄、台南、全部行きましたー 帰った時疲れは溜まっていました。しかし、充実な旅でしたー 台湾に帰った明治大学の留学生は僕達を案内して下さって、大変御世話になりました。美味しいもの沢山たべて、楽しい旅行でした。

 今学期も一生懸命勉強せねばならないー 大学院まで進めるように、学ばねばならない事は数多く、忙しい一学期になりそうです。でも、たまにはブログを書くつもりで、また今学期よろしくお願い致します。

 

2008年9月13日土曜日

中国の御勉強


 明治大学で勉強しながら私は寮で住んでおりますー ルームメート(同屋)は中国人の上で、同じ宿舎で中国人は少なくありません。友達の中で中国に対して興味を持っている人は多数で、その一人の誘いで明大の夏期集中中国語講座、上級に参加して頂きました。授業は一日、六時間なので、忙しい二週間でしたが、出来た学習も大量でした。講座の中で、二つの文化講座がありましたー 一つは京劇、もう一つは中国のインディペンダント映画で現代中国芸術運動を中心として行われました。

 京劇は面白い話でしたが、もう一つは本当に見逃した中国の一面を紹介して下さって、有り難く思っております。全く頭に置いていない風景の中国は広めましたー 何千年の歴史を持つ中国の一つの面に対して、現代的で先駆的な若者の大衆文化は極めて新鮮なものに感じました。

 今凄く中国に生きたいですが、先ずは台湾!でも、台風がありますので、行けるかどうかは不安定。。。

 写真が集中講座の第一週間の後に撮ったもの。